階段のぼりかけ

ただのチャットモンチーファンブログです

チャットモンチー完結によせて

 チャットモンチーが完結するらしい。HPに載せられた、完結に寄せての文章を読んだ正直な感想は、意外と「ああ、やっぱりそうなんだ」ぐらいなものでした。

 

 というよりぶっちゃけ、「LAST ALBUM RELEASE IN 2018」とだけ書かれていた時のほうがキツかったです。「これが現体制での最後のアルバムで、また新しい変身を遂げるのだ」的なドッキリだろうという期待もしましたが、この重いメッセージに乗せて不誠実なことを言うバンドではないこともはっきり分かっていました。だからきっとこれは解散だろうなと。今思えばワタシたちに心の準備をさせてくれたのかもしれません。

 

 

 でも「解散」じゃなくて「完結」だなんて、潔すぎるよ、もう!少しは希望を持たせてよ!

 

 きっと多くの人がそうであるように、ワタシの青春もチャットモンチーとともにありました。CD、テレビ、ラジオ、雑誌。チャットモンチーが出ると知れば全てを見聞きする勢いでした。SCHOOL OF LOCKのチャットLOCKS!とかめちゃ懐かしいな?

 

 けれどお恥ずかしい話ながら、ワタシがチャットモンチーを生で観たのは、今年の「チャットモンチーと機械仕掛けの秘密基地ツアー」がはじめてでした。3人体制の時も見るチャンスはありましたが、「いつでも観れるだろう」と先送りにしてしまったのです。その時はクミコン (高橋久美子) が脱退するなど考えもしなかったのでした。そして彼女の脱退後、『変身』までは追っていたものの、なんとなくチャットモンチーから離れてしまい、その後の2人体制・男陣 / 乙女団もリアルタイムでは聴かず、チャットモンチーはワタシの中で「大好きだけど一度も生で観たことがないバンド」になっていました。

 

 しかし人生何があるか分からないもので、2016年の年の瀬、ホントにふとしたきっかけで“赤いざわめき”を初めて聴き、涙が出るほど感動しました。すみません盛りました、泣きはしなかった。よりによってアマチュア時代の曲ってのがアレですけど、あの理不尽な、けれどとても美しい歌に、当時いろいろ上手くいっていなかったワタシはたいそう救われたのです。“橙”に撃ち抜かれて以来、二度目のチャットモンチーに救われた経験でした (未発表曲のことはいずれまた書こうと思っています)。

 

 そこから何の因果か、年明けに「〜秘密基地ツアー」が発表されると、ワタシがそのチケットを急いで取ったのは言うまでもないでしょう。もう後悔などしたくない。

 久々にリアルタイムで新譜 (『Magical Fiction』) を買い、過去にNHKで観た武道館の映像を持ってなかったなと思うと『レストラン』シリーズを全て集め、足を運んだライブでは、想像以上に小柄で細かったえっちゃん (橋本絵莉子) が、わりと想像どおりな人柄だったあっこちゃん (福岡晃子) がパワフルに、そして楽しそうに演奏していたさまに元気を貰い、「二度目がある」と思っていた昔にはできなかったことが、ほぼ達成されました。ホントに楽しかった。

 

 最高にダサいのは承知で書くんですけど、バンドは観たい時が観る時です。絶対に先延ばしにしてはいけないのです。しかし説教くさいなあ。

 

 閑話休題。そして、ワタシの中で残すところは久々に新アルバムをリアルタイムで聴くだけ、という感じになりました。現時点での最新作『共鳴』は、あるバンドの瞬間を切り取った作品として、そしてここまで連綿と続く作品群の到達点として、傑作といえる出来でした。だからこそ『共鳴』の先を、リアルタイムで聴けるというのはこの上ない楽しみだったのです。

 

 ...いつからか、ワタシの中にチャットモンチーのことをちゃんと言葉にしたい、という欲求が芽生えていました。当然それは自分の中のモヤモヤを形にしたい、というだけのものではなくて、「何でみんなこの凄さが分からないんだ」という、怒りのようなものでもありました (自分のことを棚にあげるとはこのことだ)。

 

 けれど、大好きだという気持ちに任せて文章を書くには、自分のなかでチャットモンチーの作品たちは当たり前になりすぎていました。当たり前のことを書くほど難しいことはないでしょう。じゃあどうすればいいのだろう。というかそもそも何で書きたいんだったっけ。

 とか考えたり考えなかったりしましたが、フト思い出しました。そういえば、ワタシはえっちゃんの狂信者だったじゃないか。二度も彼女の歌詞に救われたので、彼女の存在は神にも等しいのです (ヤバいなあ)。あっ、それを書きたかったのか。

 

 となるとやり方は簡単です。こういうのは逆張りでいけばいいのです。マジメな文体でフザけたことを書き、フザけた文体の中に一番書きたいことを書く。そうすればきっと、溢れたところからワタシの言いたかったことが誰かに伝わるはず (こんなの言ったら以降が書きにくくなるね。まあいいけど)。

 

 そして、作品たちを聴き直していくうちに、えっちゃんのことだけを書くのではなく、アルバムを順に追ってレビューを書いていこうと思いました。なぜならチャットモンチーのアルバム・作品群を時系列に並べて語っている文章は、これまで読んだことがなかったからです (誰もやってないじゃんラッキーってスケベ心は否定しません)。でもきっとできるだろうという確信がありました。

 チャットモンチーはこれまで、自分たちがその時その時のベストだと思う選択肢を選んで走ってきたバンドのはずです。(誰もがそうだと思うけど) その道のりは決して平坦な道ではありませんでした。だからこそ全てを並べてた時に見える、ひとつのバンドが歩んできた歴史という人と人との営みは、きっと面白いものになるはずだと思ったのです。

 

 願わくばそのレビューのラスト、久しぶりに聴くニューアルバムを、この先も続いていく通過点として締めくくりたかったです。誰も読んでないに等しいこのブログで、ニューアルバムを祝いたかったなんておこがましいにも程がありますが、偽らざる本音なんだもん、許してネ!なのでチャットモンチーの記した言葉通り、ワタシもラストアルバムはレビューの完結として書けたらなと思います。最後の最後までワタシは自分のことばかり、ホントに救いようがないね。

 

 寂しいけど、不思議と悲しくはありません。とか書きつつ終わりが近づけばまた変わるのかもしれないけれど。自分の中にある、こんなに大きいものを失くす体験などそうそうはありませんが、“楽園天国”にもあるように、ホントは泣く必要などないのかもしれませんね (皮肉にも、初聴きでそんなにピンと来ていなかったこの曲を引き合いに出すことになるとは。やっぱりえっちゃんは天才)。

 今日の今日で書けるのはこれぐらい。今はただ、元旦にあるという発表を待ちながら、ブログの続きを書いていこうと思っています。読んでくれてどうもありがとう。そして来年また言うことになりますが、今も一度だけ言わせてください。ありがとうチャットモンチー